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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15094号 判決

原告

山田登喜男

被告

東邦建業株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一七六八万四九七〇円及びこれに対する平成四年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二二八一万四五八八円及びこれに対する平成四年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  当事者

被告は、土木建築工事業、建造物解体工事業等を目的とする会社であり、東京都港区新橋四丁目一一八番三号所在の木造家屋(以下「本件家屋」という。)の解体作業(以下「本件解体作業」という。)を訴外注文主から請け負い、右解体作業について、訴外山田弘(以下「訴外山田」という。)との間で、被告を元請けとし、訴外山田を下請けとする請負契約を締結した。

原告(昭和三九年九月一二日生)は、中学卒業後、原告の父親である訴外山田に雇用されて解体作業に従事してきたものであり、訴外山田の被傭者として本件解体作業を行うこととなつた。

2  本件事故

原告は、平成二年一二月三日、本件解体作業の現場において、本件家屋の解体によつて排出された木材のトラツクへの積載作業が終わつた後、解体作業者の間で通称ガラと呼ばれるコンクリート及びモルタルの破片等のごみ(以下「ガラ」という。)のダンプカーへの積載作業を行つていた。すなわち、被告の従業員である訴外田伏光男(以下「訴外田伏」という。)がパワーシヨベルを運転操作してガラをパワーシヨベルのバケツトで拾い上げて、ダンプカーの荷台の上まで運び、荷台に下ろす作業を行うに際し、原告は、ダンプカーの運転席の屋根に上り、ガラをダンプカーの荷台に均等に積載させるためにパワーシヨベルの運転者にガラを落とす位置の指示をする等の作業を行つていた。

原告は、右作業中にダンプカーの運転席の屋根から地面に落下して負傷した。

二  争点

1  本件事故の態様

(一) 原告の主張

訴外田伏は、パワーシヨベルを運転操作してガラをダンプカーの荷台に積載するに際し、パワーシヨベルのバケツトをダンプカーの運転席の屋根の上で作業をしていた原告の左顔面及び左上半身に衝突させ、衝突の衝撃で原告を地面に落下させた。

(二) 被告の反論

訴外田伏の運転操作するパワーシヨベルのバケツトは原告の身体に衝突していない。本件事故は、バケツトが身体に当たるのではないかと錯覚した原告が逃げようとした際に、自ら地面に落下したものである。

2  被告の責任

(一) 原告の主張

(1) 安全配慮義務違反(民法四一五条)

原告の雇用主である訴外山田が被告の下請けとして、本件解体作業をするにあたつては、被告が作業について事実上の指揮、監督をし、本件解体作業に用いる主要な作業用機械であるパワーシヨベル、ダンプカー等を被告が提供し、訴外山田及びその従業員の賃金は日当で支払われることとなつており、被告の従業員と訴外山田及びその従業員らが一体となつて本件解体作業を行つていたのであるから、被告は、原告が本件家屋の解体作業について労務を提供するにあたり、原告の生命、身体の健康を害することがないように配慮すべき信義則上の安全配慮義務を負う。

しかるに、被告は、被告の従業員である訴外田伏がパワーシヨベルの運転操作をさせるについては、右操作によつて他の作業員に対し危害を及ぼすことのないように十分な技術を修得させ、安全上の指導、監督をすべきであつたのに、これを怠り、本件事故を発生させたものであるから、被告は安全配慮義務に違反した。よつて、被告は民法四一五条による債務不履行責任を負う。

(2) 使用者責任(民法七一五条)

被告の従業員である訴外田伏は、本件解体作業中、パワーシヨベルの運転操作をするについては、パワーシヨベルのバケツト部分等を他の作業員らに衝突させないように注意して運転操作をすべき注意義務があるのにこれを怠つた過失によつて、前記のとおりパワーシヨベルのバケツトを原告に衝突させて傷害を負わせたものであり、訴外田伏は被告の従業員であつて、被告田伏が被告の業務の執行中であつたことは明らかであるから、被告は民法七一五条の不法行為の使用者責任を負う。

(二) 被告の反論

(1) 安全配慮義務違反についての反論

被告は、本件解体作業を訴外山田が行うについて、作業の指揮、監督を行つておらず、訴外山田は、本件家屋の解体によつて排出した木材を積載するのに使用したトラツクを提供し、パワーシヨベルも提供する予定であつたが、訴外山田の保有するパワーシヨベルが老朽化しており、性能に難点があつたために被告のパワーシヨベルが使われたにすぎず、また、訴外山田及びその従業員の賃金は、日当ではなく、坪数に坪単価を掛けて算出した額が支払われ、被告の従業員五名が本件家屋の解体作業を行つた理由は、訴外山田の作業が予定通りに進捗せず、工期に完了しないおそれが生じたために止むを得ず被告の従業員を手伝わせたに過ぎない。したがつて、被告は訴外山田の従業員である原告に対して安全配慮義務を負わない。

仮に、被告が原告に対し安全配慮義務を負うとしても、被告は安全配慮義務を尽くしており、本件事故は、前記のとおり、原告が自ら落下したものであつて、被告に安全配慮義務違反はなく、被告は債務不履行責任を負わない。

(2) 使用者責任についての反論

本件事故は、前記のとおり、被告が自ら落下したものであつて、訴外田伏に不法行為は成立しないので、被告は不法行為の使用者責任を負わない。

3  損害

(一) 原告の主張

原告は、本件事故によつて、右足関節脱臼骨折、左頬骨骨折、頭部外傷、右脛腓骨骨折、右橈骨頭骨折等、左橈骨骨折等の傷害を負い、平成三年一一月九日症状が固定したが、右各傷害による後遺障害として、左下眼窩神経域の知覚低下、右肘関節の可動域の制限、右足関節の可動域の制限等の状態が残り、仕事の上でも、日常生活の上でも多大な影響が生じている。原告は、これらの後遺障害のために労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表所定の第一一級の等級認定を受けた。

したがつて、原告は、〈1〉休業損害金四五四万六八九四円、〈2〉傷害慰謝料金二三八万円、〈3〉後遺症による逸失利益金一六七〇万二二六一円、〈4〉後遺障害に対する慰謝料金三五〇万円の各損害を被つたので、合計額から労働者災害補償保険からの給付金合計金六三八万八六二〇円を控除して、弁護士費用金二〇七万四〇五三円を合算した金二二八一万四五八八円の支払いを求める。

(二) 被告の認否

原告損害額に関する主張は、否認または争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様

訴外田伏の運転操作するパワーシヨベルのバケツトが原告に衝突したかどうかについて検討するに、前記当事者間に争いのない事実及び証拠(甲三、甲四、甲一三、甲一四、甲一五、原告本人尋問の結果)によれば、原告は、平成二年一二月三日午後二時二〇分頃、ダンプカーの運転席の屋根の上に上り、パワーシヨベルを運転操作していた訴外田伏に対し、ガラをダンプカーの荷台に均等に積載させるための誘導作業をしていた際、突然に地面に落下したこと、原告は、本件事故直後に救急車で運ばれた第三北品川病院で問診を受けた際に、「工事現場で作業中、トラツクの上でシヨベルカーのシヨベルが当たり三メートル下へ転落」したと答えたこと、同病院の看護記録の「現症経過」欄及びリハビリテーシヨン指示書の「経過」欄にも同様の記載があること、原告は、原告の左顔面及び左上半身とパワーシヨベルのバケツトとが衝突した旨述べるが(甲一五号証)、原告の傷害は、顔面挫創、左頬骨骨折、頭部外傷等をも含むものであつて、前記病院の担当医師は、原告の人柄を合わせて考慮すると、原告の各傷害は、左顔面から頭にかけて何かが当たつて転落し、右転落をしたためにその他の骨折等の傷害を負つたと思われると原告代理人の照会に対して回答していること(甲一四号証)、本件事故時に原告が乗つていたダンプカーの荷台の囲いの高さは、他のトラツクの荷台の囲いに比べて高く、ガラの積載作業をするためには、パワーシヨベルのバケツトを高く持ち上げる必要があり、バケツトを高く持ち上げてガラの積載作業をする場合には、ダンプカーの運転席の屋根に上つて作業をしている者の顔面及び上半身にバケツトが衝突する可能性があること等の各事実が認められる。

右各事実によれば、原告はパワーシヨベルのバケツトと衝突して地面に落下したものと認められる。

なお、甲一〇(休業補償給付支給請求書・休業特別支給金支給請求書)、甲一一号証(療養補償給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届)の各「災害の原因及び発生状況」欄には、原告は、木材のトラツク積載作業中、木材の中にひときわ長い木材が混ざつているのがわかり、危ないと思い、立つている位置を変えようとした際、足元がふらつき、プロテクターの縁に脚が引つ掛かつて、体勢を立て直し切れないまま地上に落下した旨が記載されており、この記載からすると、原告は自ら落下したかのようであるが、そもそも右記載によれば、本件事故は木材の積載作業中に起きたことになるが、本件事故が木材のトラツクへの積載作業が終わつた後、ガラのダンプカーへの積載作業の途中で起きたことは当事者間に争いがなく、したがつて、原告が長い木材に対して危険だと感じたこと自体に疑問があり、また、甲九、甲一二号証によれば、原告及び原告の父親である訴外山田は、平成三年当時に被告代表者に対して、甲一〇、一一号証等に記載されている災害の発生状況が事実と違うので訂正するよう申し入れを行つていたことが認められ、以上を総合すると、甲一〇、一一号証の各記載は全体として信用することができず、他に原告がパワーシヨベルのバケツトと衝突したとの認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被告の責任

安全配慮義務違反

(一)  前記当事者間に争いのない事実、証拠(甲一五号証、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、訴外山田が被告の下請けとして、本件解体作業をするについては、被告がパワーシヨベル及びダンプカーを提供していること、解体作業の日程等については被告から事実上の指示、監督があつたとみるのが合理的であること、訴外山田及び原告を含むその従業員らとともに被告の従業員五名がパワーシヨベルの運転及びダンプカーの運転を含む作業に当たつていたこと、訴外山田及びその従業員の賃金は日当で支払われたこと等の各事実が認められ、右各事実によれば、被告と訴外山田の従業員との間には、直接の雇用契約関係はないが、被告と訴外山田との間の請負契約及び訴外山田とその従業員との間の雇用契約を媒介として間接的に成立した法律関係に基づいて、被告は、訴外山田の従業員である原告が本件家屋の解体作業について労務を提供するに際し、原告の生命、身体の健康を害することがないように配慮すべき信義則上の安全配慮義務を負つていたものである。

なお、弁論の全趣旨によれば、訴外山田が本件解体作業を行うについてトラツク一台を提供したことは認められるが、それ以上に、訴外山田がパワーシヨベルも提供する予定であつたこと、訴外山田及びその従業員の賃金は、日当ではなく坪数に坪単価を掛けて算出した額が支払われる予定であつたこと、被告の従業員五名が本件家屋の解体作業を行つた理由は、訴外山田の作業が予定通りに進捗せず、工期に完了しないおそれが生じたために止むを得ず被告の従業員を手伝わせたに過ぎないことについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。

(二)  被告は、被告の従業員である訴外田伏にパワーシヨベルの運転操作をさせるについては、右操作によつて他の作業員に対し危害を及ぼすことのないよう指導、監督をすべき義務を負つていたのにもかかわらず、訴外田伏に対し、パワーシヨベルの安全な運転技術の修得のための指導、監督を怠り、また、原告に対しダンプカーの上での作業の安全確保のための指導、監督をも怠り、本件事故を発生させたものであるから、被告に安全配慮義務違反が認められる。よつて、被告は民法四一五条による債務不履行責任を負う。

なお、被告の主張は、仮に被告が責任を負う場合には、原告の過失を相殺すべきであるとの主張を含むと解されるが、原告の過失の存在、程度については、これを認めるに足りる立証がない。

三  損害

証拠(甲三、甲四、甲五、甲七、甲一四、甲一五号証及び原告本人尋問の結果)によれば、原告は、本件事故によつて、右足関節脱臼骨折、左頬骨骨折、頭部外傷、右脛腓骨骨折、右橈骨頭骨折等、左橈骨骨折等の傷害を負い、平成三年一一月九日症状が固定したが、右各傷害による後遺障害として、右肘関節の可動域の制限、右足関節の可動域の制限、左下眼窩神経域の知覚低下等の状態が残り、これらの後遺障害のために労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表所定の第一一級の等級認定を受けたことが認められる。そこで、原告の損害について検討する。

(一)  休業損害 金四五四万六八九四円

(原告の請求 右認定と同じ。)

証拠(甲六号証の一ないし七、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)を総合すると、原告が、本件事故による傷害のために、事故の日の翌日である平成二年一二月四日から症状固定日である平成三年一一月九日までの三四一日間、休業を余儀なくされたこと、原告の平均給与日額は、一万三三三四円であることが認められるので、原告の休業による損害は金四五四万六八九四円である。

(二)  傷害慰謝料 金二〇〇万円

(原告の請求 金二三八万円)

証拠(甲三、甲四、甲五、甲一四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)を総合すると、原告は、本件事故による各傷害の治療のために第三北品川病院に平成二年一二月三日から平成三年三月八日までの九六日間、箱根温泉整形外科診療所に平成三年三月八日から同年四月一〇日までの三四日間、前記第三北品川病院に平成三年四月二三日から同年五月一日までの九日間、同病院に平成三年七月一六日から同年七月三〇日までの一五日間、通算約五か月間の入院加療を受けたこと、更に本件事故による各傷害の治療のために、本件事故から症状固定日である平成三年一一月九日までの間のうち、前記入院期間を除く延べ六か月間、通院加療を受けたことが認められる。

したがつて、原告の各傷害を慰謝するためには、金二〇〇万円が相当である。

(三)  後遺症による逸失利益 金一二五二万六六九六円

(原告の請求 金一六七〇万二二六一円)

証拠(甲三、甲四、甲五、甲一四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)を総合すると、本件事故による原告の後遺障害は、原告の右肘関節の可動域について、原告の左肘関節の屈曲が一四〇度、伸展が三度であるのに比し、右肘関節の屈曲は一二七度であつて左肘関節の屈曲の可動域の約一〇分の九に制限されていること、伸展はマイナス三度であつて左肘関節の伸展の可動域の二分の一以下に制限されていること、右肘関節の可動域の制限によつて、洗顔や歯磨きの動作が不自由であること、原告の右足関節の可動域について、原告の左足関節の底屈が七〇度、背屈が二〇度であるのに比し、右足関節の底屈が六五度であつて左足関節の底屈の可動域の約一〇分の九に制限されていること、背屈がマイナス五度であつて左足関節の可動域の二分の一以下に制限されていること、右足関節の可動域の制限によつて、正座及びあぐらをかく姿勢をとることが不自由であり、走行ができず、少し跛行すること、左下眼窩神経域に知覚低下があること、原告は症状固定時に二七歳であつたことが認められる。

右原告の前記の後遺障害の程度、原告は症状固定時の年齢、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は現在も解体工として稼働していると認められること等を考慮すると、原告は、症状固定時(二七歳)から六七歳までの四〇年間について労働能力を一五パーセント喪失したと認めるのが相当である。

したがつて、原告の事故当時の収入(平均給与日額金一万三三三四円)に、労働能力喪失率の一五パーセント、四〇年間のライプニツツ係数一七・一五九を乗じて算出した金一二五二万六六九六円が後遺症による逸失利益である。

(四)  後遺障害に対する慰謝料 金三五〇万円

(原告の請求・右認定と同じ。)

証拠(甲五、甲一五号証、原告の本人尋問の結果)を総合すると、原告は、前記の後遺症により、多大な精神的苦痛を強いられており、これを慰謝するためには少なくとも金三五〇万円が相当である。

(五)  以上合計二二五七万三五九〇円

(六)  損益相殺 金六三八万八六二〇円

証拠(甲六号証の一ないし七及び甲七号証)によれば、原告は、労働者災害補償保険から、休業補償給付として金三一二万五一三八円、障害補償一時金として金三二六万三四八二円の支給を受けたことが認められるので、前記(1)ないし(4)の各損害額から右支給額を控除する。

右控除後の損害額は一六一八万四九七〇円である。

(七)  弁護士費用 金一五〇万〇〇〇〇円

証拠(原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によれば、原告は本件訴訟を遂行するため原告訴訟代理人弁護士らに訴訟委任をし、相当の費用と報酬を支払うことを約したことが認められ、右費用のうち、少なくとも金一五〇万円は本件債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。

(八)  合計 金一七六八万四九七〇円

四  以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、被告に対し、金一七六八万四九七〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年九月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤宏子)

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